人
2008年01月19日
アメリカの中国人 〜その2〜
私の友人のチャイニーズ達は
うまく節約して買い物上手。
今家にお金があるからといって、財布の紐がゆるまないところがすごいと思う。
台湾人のL夫妻は大きな一軒家を郊外に2軒所有、
一軒は日本人駐在員に貸している。
ミスターLは、日系の銀行に勤めるビジネスマンでもあるので、
お給料と家賃収入があり、裕福そうに見える。
でも一人息子のDが小さい時は、
「どうせすぐ小さくなって着られなくなるから」
とガレージセール品の服で済ませていた。
知る人にとって、日本人の帰国前ガレージセールはねらい目だ。
いい物が安く手に入るチャンスだから。
ミセスLによれば、アメリカの中国系旅行会社のツアーや夏休みの子供のキャンプなどは格安だという。
しまり屋さんのミセスLは、また彼女の性格もあって
”カリブ海のクルーズ”なんかとは無縁そうなイメージがあった。
それが去年、友人の上海人一家に誘われて、一緒にカリブ海クルーズへ旅立った!
なんでも、中国系旅行代理店のツアーで9月出発のクルーズだと格安だそう。
それならばと、重い腰をあげたらしい。
それまで水着さえ持っていなかった彼女は、その時何年かぶりに水着を買ったそうだ。
また、中国系のサマーキャンプもお得らしい。
ミセスLは大満足で、毎年夏には息子を中国系のキャンプに送っている。
私も一瞬息子をそこに入れようかと思ったのだが、息子に大反対された。(中国語を覚えるいいチャンスと思ったんだけどね〜)
ローカルの中国語新聞なんか見ると、住宅ローンの貸付や家の修繕業者など実にたくさんのビジネス広告が目に付く。
外国に住んでいながら、母国語が使えるビジネスが豊富にあり、
しかもそれが割安なわけだから、生活自体はとても便利だろうと思う。
L夫妻にしても、台湾に帰る気は毛頭ないようです。
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鳥丸ごと漢方スープがおいしい季節になってきました。この冬すでに2回作りました。レシピはこちら
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うまく節約して買い物上手。
今家にお金があるからといって、財布の紐がゆるまないところがすごいと思う。
台湾人のL夫妻は大きな一軒家を郊外に2軒所有、
一軒は日本人駐在員に貸している。
ミスターLは、日系の銀行に勤めるビジネスマンでもあるので、
お給料と家賃収入があり、裕福そうに見える。
でも一人息子のDが小さい時は、
「どうせすぐ小さくなって着られなくなるから」
とガレージセール品の服で済ませていた。
知る人にとって、日本人の帰国前ガレージセールはねらい目だ。
いい物が安く手に入るチャンスだから。
ミセスLによれば、アメリカの中国系旅行会社のツアーや夏休みの子供のキャンプなどは格安だという。
しまり屋さんのミセスLは、また彼女の性格もあって
”カリブ海のクルーズ”なんかとは無縁そうなイメージがあった。
それが去年、友人の上海人一家に誘われて、一緒にカリブ海クルーズへ旅立った!
なんでも、中国系旅行代理店のツアーで9月出発のクルーズだと格安だそう。
それならばと、重い腰をあげたらしい。
それまで水着さえ持っていなかった彼女は、その時何年かぶりに水着を買ったそうだ。
また、中国系のサマーキャンプもお得らしい。
ミセスLは大満足で、毎年夏には息子を中国系のキャンプに送っている。
私も一瞬息子をそこに入れようかと思ったのだが、息子に大反対された。(中国語を覚えるいいチャンスと思ったんだけどね〜)
ローカルの中国語新聞なんか見ると、住宅ローンの貸付や家の修繕業者など実にたくさんのビジネス広告が目に付く。
外国に住んでいながら、母国語が使えるビジネスが豊富にあり、
しかもそれが割安なわけだから、生活自体はとても便利だろうと思う。
L夫妻にしても、台湾に帰る気は毛頭ないようです。
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鳥丸ごと漢方スープがおいしい季節になってきました。この冬すでに2回作りました。レシピはこちら
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2008年01月01日
今年”アメリカで働く”夢を実現させた人
今日はいよいよ大晦日。2007年は私にとっても変化の年となった。
会社を辞めて在宅での仕事をスタート。
忙しいながらも子供、仕事、家事、自分の時間、のバランスが何倍もよくなった年。
そして身近には、今年ビッグな夢を実現させた人がいる。
彼は、日本で某大手自動車メーカーの商品企画主任として活躍していた。
でもアメリカで働くという夢を捨てきれないでいた。
そして過去2回、NYで開かれたジョブフェアに日本から足を運んだ。
2回目、遂にある企業から内定をもらった。
しかしその後社内の方針が変わったのか、一転内定取り消しに。
その後しばらくはこれといった動きもなく時が過ぎていった。
でもチャンスはやってきた。
人材紹介会社にオンライン登録していたので、その後アメリカ東部のある会社とコンタクトをとることになった。
面接のためにまた渡米。先方も気に入ってくれて採用が決まった。
でも今度はビザが問題に。H−1ビザの枠に応募者が殺到し、抽選になってしまった。もし抽選にもれたら??考えたくない事態だ。
でも見事当選!そして晴れてこの1月からアメリカで働くことになったのだ。
最初のジョブフェアから足掛け2年半くらい経ったわけだけど、辛抱強く諦めなかったからこそ、ここぞ!という時の運も手にすることができたんだなーと思った。すごい快挙ですよ。このマイペースな強運な男は夫の弟(私の義弟)。子供達がベッタリ離れないほど大好きな叔父サン”ケンちゃん”だ。
ケンチャンは昨日からアメリカ入りして、お正月も一緒に過ごす予定。
彼にとってはこれからが頑張りところだけど、アメリカに身内がいると思うと私達家族にとってはとても心強い。ケンチャンもどちらかというと、サバイバルに向いてそうだからきっと大丈夫でしょう。
2008年もいろいろありそうです。。。


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会社を辞めて在宅での仕事をスタート。
忙しいながらも子供、仕事、家事、自分の時間、のバランスが何倍もよくなった年。
そして身近には、今年ビッグな夢を実現させた人がいる。
彼は、日本で某大手自動車メーカーの商品企画主任として活躍していた。
でもアメリカで働くという夢を捨てきれないでいた。
そして過去2回、NYで開かれたジョブフェアに日本から足を運んだ。
2回目、遂にある企業から内定をもらった。
しかしその後社内の方針が変わったのか、一転内定取り消しに。
その後しばらくはこれといった動きもなく時が過ぎていった。
でもチャンスはやってきた。
人材紹介会社にオンライン登録していたので、その後アメリカ東部のある会社とコンタクトをとることになった。
面接のためにまた渡米。先方も気に入ってくれて採用が決まった。
でも今度はビザが問題に。H−1ビザの枠に応募者が殺到し、抽選になってしまった。もし抽選にもれたら??考えたくない事態だ。
でも見事当選!そして晴れてこの1月からアメリカで働くことになったのだ。
最初のジョブフェアから足掛け2年半くらい経ったわけだけど、辛抱強く諦めなかったからこそ、ここぞ!という時の運も手にすることができたんだなーと思った。すごい快挙ですよ。このマイペースな強運な男は夫の弟(私の義弟)。子供達がベッタリ離れないほど大好きな叔父サン”ケンちゃん”だ。
ケンチャンは昨日からアメリカ入りして、お正月も一緒に過ごす予定。
彼にとってはこれからが頑張りところだけど、アメリカに身内がいると思うと私達家族にとってはとても心強い。ケンチャンもどちらかというと、サバイバルに向いてそうだからきっと大丈夫でしょう。
2008年もいろいろありそうです。。。

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2007年09月27日
周りから愛される隣のおばあちゃん

うちから見たテリの家
2軒向こうの赤色の家はテリの家。今年、パートナーのボーイフレンドに先立たれてからも、86歳の彼女は気丈に暮らしている。(詳細は「アメリカ人の隣人」をお読みください。)
パートナーのジーンが存命中は、96歳の彼が運転するとてもオールディーズな大きいアメリカ車に乗ってよく出かけていた。しかしジーンの亡き後、車を運転しない彼女は、ちょっとした用事を済ませるためにさえ(スーパー、医者、薬局、郵便局等)、誰かの車に乗せていってもらわなければならなくなった。
近所では誰ともなく何人かがテリの運転手をやっているけれど、隣人のでない誰かのSUVが、度々テリの家に止まっているのに私は気が付いた。
「これからスーパーに行くけど一緒に行く?」と私がテリに電話すると
「今朝ボビーが連れて行ってくれたから大丈夫。」という返事が最近多い。
ボビーという身内がSUVでテリを連れ出しているのだろう、と思った。でも話を聞いてみると、実は彼はテリの息子さんの友達とわかった。息子の友達、といってもボビーはすでに62歳。本人も心臓病などいくつかの持病をかかえているという。
そして驚いたのは、ボビーとテリの息子は12歳の時からの友達で、テリの息子が32歳で亡くなってからも、何十年とずっとボビーはテリの所に遊びにきているのだという。テリは乳がんサバイバーなのだけれど、病院に付き添ってくれたのもボビーだったという。そんなボビーは今、テリが外出する時最も多く車を出している人のようだ。
こんな美談が身近にあるなんて、私はとても感動してしまった!ボビーってすごい人なんだーと思った。私が、自分が買い物に行くついでにテリを誘うのとわけが違う。どんな人なんだろう、、と思っていた。
そしたら先日、SUVがテリの家から帰るのが見えたので私は急いで道路に出た。向こうも私に気が付いて車を止め、窓を開けた。
「あなたが日本人のお友達?」とボビーが聞いてきた。確かに持病がありそうな、あまり健康的には見えない感じの男性だった。
彼も私達親子のことをテリから聞いていたらしく、なんでも知っていた。「僕は日本人と仕事をしていたんだよ。」とも言った。
「友達のお母さんであるテリのことをそんなに何年も面倒を見ていて、本当にすごいですね。」と言うと「彼女はとても素晴らしい女性だからね。」とボビー。なんだか更に感動してしまった私。
確かに彼女は、アメリカ人にしてはかなりおせっかいなくらい、周りの人々のことを気遣い、世話を焼き、プレゼントを用意し、食べ物を届けてくれるタイプ。与えるのが本当に好きで、見返りを期待していないのがわかる。私達もどれだけただ与えられてきたことか。
だから今こんなにたくさんの人がテリを助けているのは、これまでテリが世の中に与えてきた分を、今度は自分が受けとっているのだけなのかもいれない。周りに”与え”続けた人が結果どうなるのか、隣人のテリの生き様を見ながら、私は気づきをもらっているのかも。
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2007年07月25日
幸せになるために、離婚
先日ある駐妻友達の家で聞いたこと。
彼女の家族が日本を離れるにあたって、息子さんの友達が励ましやお別れの寄せ書きをしてくれた。それから3年余り、寄せ書きをしてくれた家庭の約半分はすでに離婚してしまったのだとか。
アメリカ生活は慣れない外国暮らしで、しかも英語。家族で一緒に過ごす時間も日本にいる時より増え、そのせいかアメリカで知り合う日本人家族は、家族の絆が深まって円満そうに見える。
しかしその友人いわく、駐在中はとにかく我慢して、帰国したら離婚しようと考えている人は少なくないんだとか。
離婚してから本来の自分を取り戻し、思いがけなく展開していく人生をダイナミックに前向きに進んでいるある男性を知っている。
彼の場合、離婚を考える前はなんとか関係を修復しようと悩み苦しみ、離婚調停中はドロ沼の地獄を味わったが、離婚成立後は結婚生活によって封じられていた”本来の自分”に気づき、それを取り戻すことができたのだ。
彼は結婚生活中、学生時代からの親友に会うこと、趣味の時間、実家に孫の顔を見せに行くことすべて、元妻に禁じられていた。
出産時には夫である彼と、元妻の母親両方が立ち会った。でも元妻がより頼りにしていたのは実の母親の方。子供が生まれてから、元妻と実家の結託は強まるばかり。彼が元妻の実家に行っても、そこに彼の居場所は無かった。
子煩悩だった彼にとって離婚を決断するのは容易ではなかった。でも反面、すでに壊れた家庭で子育てを続けるのが子供にとって本当にいいことなのだろうか?子供のために離婚はしない方がいいと言い切れるのだろうか。
彼の子供達が大きくなったら、おとうさんの気持ちをわかってくれる日がきっと来ると私も信じている。
ところでいざ離婚、といってもどうすればいいのか案外知られていないもの。思いがけず遠回りしてしまいがちのようだ。そんな自身の経験から、彼が「離婚準備マニュアル」というものを作った。渦中にいるときっと地獄が永遠に続くような気がしてしまうだろう。でも離婚プロセスを乗り切れば、本来のハッピーな自分と人生だって待っているのだ。人間はみな幸せに生きるために生まれてきたのだと思う!
「離婚準備マニュアル」


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彼女の家族が日本を離れるにあたって、息子さんの友達が励ましやお別れの寄せ書きをしてくれた。それから3年余り、寄せ書きをしてくれた家庭の約半分はすでに離婚してしまったのだとか。
アメリカ生活は慣れない外国暮らしで、しかも英語。家族で一緒に過ごす時間も日本にいる時より増え、そのせいかアメリカで知り合う日本人家族は、家族の絆が深まって円満そうに見える。
しかしその友人いわく、駐在中はとにかく我慢して、帰国したら離婚しようと考えている人は少なくないんだとか。
離婚してから本来の自分を取り戻し、思いがけなく展開していく人生をダイナミックに前向きに進んでいるある男性を知っている。
彼の場合、離婚を考える前はなんとか関係を修復しようと悩み苦しみ、離婚調停中はドロ沼の地獄を味わったが、離婚成立後は結婚生活によって封じられていた”本来の自分”に気づき、それを取り戻すことができたのだ。
彼は結婚生活中、学生時代からの親友に会うこと、趣味の時間、実家に孫の顔を見せに行くことすべて、元妻に禁じられていた。
出産時には夫である彼と、元妻の母親両方が立ち会った。でも元妻がより頼りにしていたのは実の母親の方。子供が生まれてから、元妻と実家の結託は強まるばかり。彼が元妻の実家に行っても、そこに彼の居場所は無かった。
子煩悩だった彼にとって離婚を決断するのは容易ではなかった。でも反面、すでに壊れた家庭で子育てを続けるのが子供にとって本当にいいことなのだろうか?子供のために離婚はしない方がいいと言い切れるのだろうか。
彼の子供達が大きくなったら、おとうさんの気持ちをわかってくれる日がきっと来ると私も信じている。
ところでいざ離婚、といってもどうすればいいのか案外知られていないもの。思いがけず遠回りしてしまいがちのようだ。そんな自身の経験から、彼が「離婚準備マニュアル」というものを作った。渦中にいるときっと地獄が永遠に続くような気がしてしまうだろう。でも離婚プロセスを乗り切れば、本来のハッピーな自分と人生だって待っているのだ。人間はみな幸せに生きるために生まれてきたのだと思う!
「離婚準備マニュアル」

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2007年06月18日
アメリカの韓国人 〜その2〜
「最近韓国人が増えてるよねえ〜」という話はよく聞く。どこの町でも似たようなものらしい。
日本人の中にはアメリカで韓国人と親しくしている人が案外いるが、私は経歴上(?)中国人の友達の方に行ってしまうせいか、韓国人の友達はいない。だから韓国人がどーのこーのと言えるほど彼らのことは知らないが、唯一、一人の素晴らしい韓国人男性と、一人のサイテーな韓国人女性を知っている。
<素晴らしい韓国人男性J>
ホンダのディーラーの元セールスマン。
仏のようなふっくらとした温厚な顔立ち。
英語堪能で礼儀正しい、どこかインテリジェンスを感じる雰囲気。
彼にとって車を売ってしまったらそれでおしまいのはずなのに、その後諸々トラブルが生じた私達に、部署を越えて相談にのってくれたり、便宜を図ってくれたり。
アメリカでは分業がはっきりしてるから、普通はこんなサービスはあり得ない。彼には何の利益もないはず。うちがいつもホンダ車なのは、Jがあそこにいるから、というのも大きな理由。また次も彼から買いたくなる、トップレベルのサービスを提供できる人。
夫はそんなJと意気投合し、ビジネスやライフスタイルなどについて長々と語り合ってしまったことも。
とにかくもJがトップレベルの韓国人であることには間違いなし。その彼が言ってたこと:「一番いやな客は韓国人。同胞なんだけどね。。」
<サイテーな?韓国人女性X>
「ベビーベッドとか要らないベビー用品があったら、私の知り合いの韓国人妊婦さんに売ってあげてくれない?」と、友人Hさんから頼まれた私。
Hさんが韓国人妊婦Xさんを連れて来るという日、家中のベビー用品をかき集め、値の張った物は格安に、不要なものはタダにし、入用な物だけ持って行ってもらえれば、といそいそと準備していた。
結果、彼女は更なる値下げ交渉の末、ほぼすべての物を引き取った。きわめつけは「これこれはタダだと思ってた!」などと言い、値段をたたくたたく。。妊婦さんを交えた穏やかな日?になるはずだったのに、思いがけず韓国人との値段交渉の場になってしまった。
「こんなにたくさんの物を安くゲットできてラッキー!」といった感じの彼女。でも私から見ると、なんだかお金に終始した後味の悪い午後となった。。要はお金の問題ではなく、気持ちの問題だ。
後日Hさんが私に平謝りだったのは言うまでもない。「本当にごめんなさい。彼女があんな人とは知らなかったのよ。ただ英会話教室で知り合っただけなの。。」なーんだ、Hさんの友達でもなかったのね。
この話を後日、やり手の上海人ビジネスウーマンの友人に話したら、
「私だったらゼッタイに韓国人には売らないわ!」とのこと。
韓国人相手の商売は要注意、というのを学んだ私でした。


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。
日本人の中にはアメリカで韓国人と親しくしている人が案外いるが、私は経歴上(?)中国人の友達の方に行ってしまうせいか、韓国人の友達はいない。だから韓国人がどーのこーのと言えるほど彼らのことは知らないが、唯一、一人の素晴らしい韓国人男性と、一人のサイテーな韓国人女性を知っている。
<素晴らしい韓国人男性J>
ホンダのディーラーの元セールスマン。
仏のようなふっくらとした温厚な顔立ち。
英語堪能で礼儀正しい、どこかインテリジェンスを感じる雰囲気。
彼にとって車を売ってしまったらそれでおしまいのはずなのに、その後諸々トラブルが生じた私達に、部署を越えて相談にのってくれたり、便宜を図ってくれたり。
アメリカでは分業がはっきりしてるから、普通はこんなサービスはあり得ない。彼には何の利益もないはず。うちがいつもホンダ車なのは、Jがあそこにいるから、というのも大きな理由。また次も彼から買いたくなる、トップレベルのサービスを提供できる人。
夫はそんなJと意気投合し、ビジネスやライフスタイルなどについて長々と語り合ってしまったことも。
とにかくもJがトップレベルの韓国人であることには間違いなし。その彼が言ってたこと:「一番いやな客は韓国人。同胞なんだけどね。。」
<サイテーな?韓国人女性X>
「ベビーベッドとか要らないベビー用品があったら、私の知り合いの韓国人妊婦さんに売ってあげてくれない?」と、友人Hさんから頼まれた私。
Hさんが韓国人妊婦Xさんを連れて来るという日、家中のベビー用品をかき集め、値の張った物は格安に、不要なものはタダにし、入用な物だけ持って行ってもらえれば、といそいそと準備していた。
結果、彼女は更なる値下げ交渉の末、ほぼすべての物を引き取った。きわめつけは「これこれはタダだと思ってた!」などと言い、値段をたたくたたく。。妊婦さんを交えた穏やかな日?になるはずだったのに、思いがけず韓国人との値段交渉の場になってしまった。
「こんなにたくさんの物を安くゲットできてラッキー!」といった感じの彼女。でも私から見ると、なんだかお金に終始した後味の悪い午後となった。。要はお金の問題ではなく、気持ちの問題だ。
後日Hさんが私に平謝りだったのは言うまでもない。「本当にごめんなさい。彼女があんな人とは知らなかったのよ。ただ英会話教室で知り合っただけなの。。」なーんだ、Hさんの友達でもなかったのね。
この話を後日、やり手の上海人ビジネスウーマンの友人に話したら、
「私だったらゼッタイに韓国人には売らないわ!」とのこと。
韓国人相手の商売は要注意、というのを学んだ私でした。

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2007年06月08日
アメリカ人女性 〜60歳で双子を出産した女性〜
先日ローカル新聞を読んでいたら、ニュージャージーの60才の女性が双子を出産、との記事があった。アメリカ史上最高齢出産の記録だとか。
女性にはすでに成人した子供達もいるが、今回の出産にはとても感激しているとのこと。女性は心理学者で、一ヶ月だけの産休の後、職場に復活する予定。少なくとも双子が夜通しで眠るようになるまでは、住込みのベビーシッター2人を雇うとか。
彼女は世界中の女性達から、勇気づけられた!とのメッセージを受け取っている。本人いわく、「自分はそれほど年をとっていると思ってないし、この記録はきっとすぐに破られるだろう。」と。とにかく気分は最高!とのこと。
外国に住んでいると、どん底も成功も、日本では見られないくらいスケールが大きい人たちがいて、圧倒されることが時々ある。この60歳の女性のように、たくましく生きている人の例をよく目にする。
考えてみれば、日本で暮らしていると、日本だけの狭い価値観の中で悩んだり、がんじがらめになったりしやすい気がする。世界はもっと広いことを忘れてしまうのだ。だから私には外国暮らしが気楽なのかもしれない。(外国暮らし暦18年)
マーサ・スチュアートもそんなたくましいアメリカ女性の一人。刑務所に服役していたのに、すでにテレビや雑誌(写真)等で完全復活を果たした。エンタテイメント業界の長者番付では3位。ちなみに2位はJ.K.ローリング(ハリーポッター著者)、1位はオプラ・ウィンフリー(黒人トークショーホスト)。これは先日見たエンタテイメントニュースでの情報。どの女性も苦労しながら這い上がり、社会に影響力を持つ成功者。私が憧れる女性達。
マーサ・スチュアートのマガジン「Living」を娘と一緒に見ていた。hands-on-projectが好きな娘は、大きくなったらマーサのようにクラフトが上手な人になりたいんだって。少なくとも娘は私よりはたくましくなりそう。。。。
パパと魚釣りに行くのが好きな娘がよく描く魚釣りの絵。

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2007年05月28日
アメリカ人の隣人
アメリカに来てすぐ、家の玄関のドアがオートロックと知らずに自分を閉め出した。当時はまだ携帯など無い時代。近所に知り合いも無い。夫は会社。大ピンチの私は2軒隣の家の呼び鈴を押していた。
「こんにちは。私は最近○○に引っ越してきた△△といいまして。。。。ところで、今ロックアウトしてしまったのですが助けて頂けませんか!?!」
身振り手振りで必死に初対面の相手に説明。引越しの挨拶とヘルプ要請が同時という見知らぬ日本人に、向こうもさぞびっくりしたことだろう。
その家の住人はテレサというおばあさん。愛称はテリ。ジーンというボーイフレンドと暮らしていた。当時84歳のジーンは、すぐにはしごを出してくれて、うちの2階寝室の窓に向かってはしごをよじ登り、網戸を切り裂き、私がそこから家の中に入れるようにしてくれた。はしごの下から心配そうに見守っていたテリ。私はただただ申し訳ない気持ちでいっぱい。初対面の人にこんなことしてもらうなんて。。それがテリとジーンとの最初の出会いだった。
テリとジーンは元々は隣人同士だった。テリは早くに未亡人となり、斜め向かいに住んでいたジーンも早くからやもめ暮らし。事情は知らないが、そんな2人は別々に暮らすよりテリの家で一緒に住むことにした。2人の同居は20〜30年続いているが再婚はしていない。
後でわかったが、テリとジーンは前にこの家に住んでいた日本人家族と親しくしていた。その家の子供達、カオリちゃんとトオル君の話は100万回くらい聞かされた。案外親日家だったのだ。私は本当にラッキーだったようだ。
テリは世話好きで、料理が得意。テリが作るチーズカップケーキ、ブロッコリーサラダ、リングイニクラムソース等はうちの子供達も大好物。夕方頃、テリから息子Kに電話が鳴る。「チーズケーキがあるから取りにおいで。」すると子供達は裏庭をつっきって2軒先まで取りに行く。テリは大目に作っておすそ分けしてくれるのだ。取りに行くと、ジーンがいつも何か面白い事を言う、と息子が言ってた。テリとジーンは歳月を超えた仲睦まじいカップル。
私にとって彼らはアメリカで一番最初にできた友人。アメリカ生活でわからない事があるといつも最初に聞く友人。4月のニュージャージー大洪水で地下が浸水した時も、まずテリとジーンに電話した。
クリスマスには毎年プレゼントを交換しあい、日本に一時帰国する時は必ず一声かけていく。(一度それをしなかったらすごく怒られた!)不審者がいないか、目を光らせてくれるというのだ。
そんなテリとジーンの暮らしはまだまだ続くと思っていた。それは先週木曜日の朝だった。「ほら、ジーン、キツツキがいるわよ。」テリの問いかけにジーンが返事をしなかった。いつもの穏やかな朝、心臓発作でジーンは突然逝ってしまった。ほんの2週間前ジーンが近所を歩く姿を見たのに。近寄って言葉を交わしておけばよかった。。。チョコレートが大好きだったジーンは96歳でこの世を去った。
葬儀の時、ジーンの安らかな顔を見て、「ジーン、今まで本当にありがとう。」と思わず日本語で語りかけた私。ある隣人が言ってた。「私もジーンのように96歳まで生きて苦しむことなく逝きたいわ。ジーンは本当に幸せ者よ。」と。
そんな葬儀で一つ嬉しいことが。テリ側の親戚の男性が私に近づいて来て言った。「あなた、テリの隣人でしょう?テリからいつも話は聞いてるよ。日本に帰るといつもおみやげを買ってきてくれるって。この前はあなたの子供達のベビーシッターをしたと言って喜んでたよ。いい隣人がいてラッキーだと言ってたよ。」
いつもお世話になってばかりいるのは私の方だと思ってた。だからいい隣人がいてラッキーと思っていたのは私だけかと思っていた。テリもそう思っていてくれたと知り、正直とても嬉しかった。
気がつけばテリとジーンと知り合ってもう12年たったのだ。日本から来た私達もこの近所にはしっかりと根をおろしたのかもしれない。さあ、ジーンがいなくなった後のテリ、みんなで励ましてあげなくちゃ。


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「こんにちは。私は最近○○に引っ越してきた△△といいまして。。。。ところで、今ロックアウトしてしまったのですが助けて頂けませんか!?!」
身振り手振りで必死に初対面の相手に説明。引越しの挨拶とヘルプ要請が同時という見知らぬ日本人に、向こうもさぞびっくりしたことだろう。
その家の住人はテレサというおばあさん。愛称はテリ。ジーンというボーイフレンドと暮らしていた。当時84歳のジーンは、すぐにはしごを出してくれて、うちの2階寝室の窓に向かってはしごをよじ登り、網戸を切り裂き、私がそこから家の中に入れるようにしてくれた。はしごの下から心配そうに見守っていたテリ。私はただただ申し訳ない気持ちでいっぱい。初対面の人にこんなことしてもらうなんて。。それがテリとジーンとの最初の出会いだった。
テリとジーンは元々は隣人同士だった。テリは早くに未亡人となり、斜め向かいに住んでいたジーンも早くからやもめ暮らし。事情は知らないが、そんな2人は別々に暮らすよりテリの家で一緒に住むことにした。2人の同居は20〜30年続いているが再婚はしていない。
後でわかったが、テリとジーンは前にこの家に住んでいた日本人家族と親しくしていた。その家の子供達、カオリちゃんとトオル君の話は100万回くらい聞かされた。案外親日家だったのだ。私は本当にラッキーだったようだ。
テリは世話好きで、料理が得意。テリが作るチーズカップケーキ、ブロッコリーサラダ、リングイニクラムソース等はうちの子供達も大好物。夕方頃、テリから息子Kに電話が鳴る。「チーズケーキがあるから取りにおいで。」すると子供達は裏庭をつっきって2軒先まで取りに行く。テリは大目に作っておすそ分けしてくれるのだ。取りに行くと、ジーンがいつも何か面白い事を言う、と息子が言ってた。テリとジーンは歳月を超えた仲睦まじいカップル。
私にとって彼らはアメリカで一番最初にできた友人。アメリカ生活でわからない事があるといつも最初に聞く友人。4月のニュージャージー大洪水で地下が浸水した時も、まずテリとジーンに電話した。
クリスマスには毎年プレゼントを交換しあい、日本に一時帰国する時は必ず一声かけていく。(一度それをしなかったらすごく怒られた!)不審者がいないか、目を光らせてくれるというのだ。
そんなテリとジーンの暮らしはまだまだ続くと思っていた。それは先週木曜日の朝だった。「ほら、ジーン、キツツキがいるわよ。」テリの問いかけにジーンが返事をしなかった。いつもの穏やかな朝、心臓発作でジーンは突然逝ってしまった。ほんの2週間前ジーンが近所を歩く姿を見たのに。近寄って言葉を交わしておけばよかった。。。チョコレートが大好きだったジーンは96歳でこの世を去った。
葬儀の時、ジーンの安らかな顔を見て、「ジーン、今まで本当にありがとう。」と思わず日本語で語りかけた私。ある隣人が言ってた。「私もジーンのように96歳まで生きて苦しむことなく逝きたいわ。ジーンは本当に幸せ者よ。」と。
そんな葬儀で一つ嬉しいことが。テリ側の親戚の男性が私に近づいて来て言った。「あなた、テリの隣人でしょう?テリからいつも話は聞いてるよ。日本に帰るといつもおみやげを買ってきてくれるって。この前はあなたの子供達のベビーシッターをしたと言って喜んでたよ。いい隣人がいてラッキーだと言ってたよ。」
いつもお世話になってばかりいるのは私の方だと思ってた。だからいい隣人がいてラッキーと思っていたのは私だけかと思っていた。テリもそう思っていてくれたと知り、正直とても嬉しかった。
気がつけばテリとジーンと知り合ってもう12年たったのだ。日本から来た私達もこの近所にはしっかりと根をおろしたのかもしれない。さあ、ジーンがいなくなった後のテリ、みんなで励ましてあげなくちゃ。

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2007年04月23日
アメリカ人のお弁当(会社編)

会社員時代、ランチといえば会社の小さなキッチンで、4〜5人のアメリカ人ワーキングウーマン達とおしゃべりしながらランチ、というのが多かった。
会社が入っているビルにはカフェテリアがあり、彼女達はそこで買ってきたり、家から持ってきたり。でも朝早起きして、自分のお弁当をcookして持ってくることはほとんど無い。少なくとも私は一度も見なかった。
家から持ってくるのは、ほとんどの場合、前の晩の残り。パスタ系、ミートローフやチキン料理等をタッパに入れて持ってくる。キッチンには電子レンジ、冷蔵庫、トースターがあり、チンすればすぐに食べられる。みんな自家用車通勤だったから、かさばる物でも持って来られる。私も一度家から残り物スパゲッティを耐熱皿に入れて、上からラップしたままの状態で持って行ったことがある。(超手抜き!)
多分アメリカ人にしてはマメに料理する同僚のダナは、パン、ハム、チーズなどを別々に持ってきて冷蔵庫に収納。昼になったらその場でサササッとサンドイッチを作ったり、ランチサラダを作ったり実に要領がいいのだ。デザートにイチゴやブドウ、あるいはヘルシーにベビーキャロットのスティクなんかを小さなスナック用ジップロックに入れて持ってくることも。これはアメリカの定番。料理好きのダナでさえ、朝cookしたお弁当を持ってくることはなかった。
あとは、冷凍食品を持ってきて冷凍庫に収納。お昼になったら取り出してチンして出来上がり。ダナいわく、LeanCuisine (上の写真)というメーカーのがおいしいとのこと。私は食べたことないが、確かにいい匂いはしてた。
ということで、手間ヒマかけないのがアメリカ流とでもいうのでしょうか。ま、彼女達は忙しいワーキングマザー達だったからかもしれないけど。でも日本の女性の、早起きして家族または自分のためにきちんとお弁当を作るのってすごい、とあらためて思う。本当に世界に誇れる素晴らしさ。もっと世界にアピールしていいのでは?!
2007年04月05日
アメリカの会社・アメリカの女性
元同僚のマギーに、今年1月に私が会社を退社して以来初めて電話しておしゃべり。最近彼女が日本へ出張に行った時のスライド写真をたくさん送ってくれたからだ。
マギーは23才のキューバ系アメリカ人。子供の頃から家庭ではスペイン語を話すようしつけられ、英語とスペイン語どちらも堪能。おしゃべり好きで、存在感溢れる女性。若い頃(今も十分若い!)モデルをしていただけあって、顔立ちは美しく、背も高いが今やすっかりお腹のお肉がたぽたぽに。人前をはばからず、自分でよくお腹のお肉をつまんでいるような愛嬌ある女性。また、人なつこいしゃべりで、多くのお客さんを魅了してた。
ものすごく明るいが自己主張もすごい。彼女は若く、会社という組織の中での経験がまだ浅かったせいなのか、よく上司に仕事のやり方を注意されたり、教えられたり。
しかし彼女は入社一年目のころから、なぜ自分はそうしたか、また注意された件については、「自分はトレーニングを受けた覚えはない!」などとキッパリ自分の立場を主張、または反論していた。確かに彼女ばかりチェックされてるような時もあったのだ。
そんなこんなで、すぐそばに座っている上司とマギーと人事担当者で年に何回もお互いの関係を改善するための話し合いを持っていた。もし私だったらそれこそがすごいストレスになってしまいそうだ。
確かに彼女は社会人としてまだ青い部分があるかもしれないが、あの強さはやはりアメリカ人女性ならではだろう。とっても日本人している私には、「もうちょっと主張すればよかったかな〜」などと思う局面が多々あり、見習わなくてはいけない!とよく思った。当の上司との関係が良くなり、ボーナス時にいい評価ももらった彼女が、純真に嬉しそうにしていたのも忘れられない。とにかくにくめないのだ、マギーは。
きめ細かい気配りもできる彼女は今や部署のかなめになっているようだ。
久しぶりに元職場のみんなが会いたくなった。。
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マギーは23才のキューバ系アメリカ人。子供の頃から家庭ではスペイン語を話すようしつけられ、英語とスペイン語どちらも堪能。おしゃべり好きで、存在感溢れる女性。若い頃(今も十分若い!)モデルをしていただけあって、顔立ちは美しく、背も高いが今やすっかりお腹のお肉がたぽたぽに。人前をはばからず、自分でよくお腹のお肉をつまんでいるような愛嬌ある女性。また、人なつこいしゃべりで、多くのお客さんを魅了してた。
ものすごく明るいが自己主張もすごい。彼女は若く、会社という組織の中での経験がまだ浅かったせいなのか、よく上司に仕事のやり方を注意されたり、教えられたり。
しかし彼女は入社一年目のころから、なぜ自分はそうしたか、また注意された件については、「自分はトレーニングを受けた覚えはない!」などとキッパリ自分の立場を主張、または反論していた。確かに彼女ばかりチェックされてるような時もあったのだ。
そんなこんなで、すぐそばに座っている上司とマギーと人事担当者で年に何回もお互いの関係を改善するための話し合いを持っていた。もし私だったらそれこそがすごいストレスになってしまいそうだ。
確かに彼女は社会人としてまだ青い部分があるかもしれないが、あの強さはやはりアメリカ人女性ならではだろう。とっても日本人している私には、「もうちょっと主張すればよかったかな〜」などと思う局面が多々あり、見習わなくてはいけない!とよく思った。当の上司との関係が良くなり、ボーナス時にいい評価ももらった彼女が、純真に嬉しそうにしていたのも忘れられない。とにかくにくめないのだ、マギーは。
きめ細かい気配りもできる彼女は今や部署のかなめになっているようだ。
久しぶりに元職場のみんなが会いたくなった。。
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