駐在
2007年12月29日
駐在妻とストレス

駐妻時代に作ったビーズのクリスマスツリー。もう2度と作れませんなー。
************************************************
前に駐在妻とストレスのことを書いて以来、
(詳しくはこちら→ストレス多い駐在妻生活)「駐妻 ストレス」のような検索キーワードで、この拙いブログにたどり着いてくださる方がちょこちょこ続いている。
そういえば駐妻というのは世界各地にいるわけで、以前中東のドバイに駐在していた人はこう言ってた。
「家の中でメイドを雇わなければならないのだけど、このメイドに現金を盗まれていた!」
またメキシコに駐在している友人は言っていた。「駐在員は運転手付きなのだけれど、前もって行き先など外出予定を運転手に伝えておかなければならず、急な外出はしにくい。」と。
こういう話を聞くと、なるほどどれだけのストレスか容易に察しがつく。
実際、「駐妻 ストレス」と検索する方にはさまざまな事情がおありだろう、とお察しする。
・英語を話すのが苦痛な人
・英語ではない現地がストレスに感じる人
・日本人同士の付き合いに悩んでいる人
・日本人がいなくて孤独を感じる人
・子供の教育で悩んでいる人
・夫が忙しすぎる人
などなど書き出してみたが、ストレスっていうのは人それぞれなんだろうし、きっともっとあるに違いない。
だって日常の夫婦喧嘩にしたってそうだ。ちょっとケンカしたからといって、家を飛び出しても、大して行く所もなければ、実家に2−3日帰って頭を冷やす、なんてこともできないのだ。日本の友達とも時差があるし。
そもそも自分の計画でも意思でもない場所に、突然配置されるわけだから駐在とは大変だ。私が自分で決めた留学先の中国で、ドアも仕切りもない公衆トイレに慣らされたのとはワケが違う。自分で決めたからには、そんなトイレにもめげていられないのだ!(ちょっと話がそれた?)
「親兄弟がいない外国で自分達だけでやっていくなんて本当にすごいと思う。私にはとてもできないわ!」
と、先日あるアメリカ人ママ友達にソンケーされてしまった。彼女だって独身時代は、マンハッタンのアパレル会社に勤務、香港にまで出張していた国際派だったのに。
もちろん全てのアメリカ人がそうというわけでは全くないが、少なくともこの保守白人の町の方々は”アメリカンライフスタイルじゃないとダメタイプ”が多いようにお見受けする。万一、ある日突然海外赴任でアジアへ、なんてことになったらきっと悲鳴をあげるにちがいない。
そういう点では、どこの国へ赴いても、現地の習慣や文化になじもうと奮闘する日本人駐在妻達は、それだけでエライとさえ言えると思う。駐在妻のオシゴトは大変です。
もうすぐ2007年も終わりで、来年は星回りも変わるかもしれない。元駐妻として、また多少なりともストレスを感じたことがある身として、今何かに悩んでいる方々が、来年は少しでもハッピーに暮らせるようになることを願っております。

アメリカで子育て ブログトップへ
2007年10月21日
アメリカで再就職

新しくできた映画館の入り口(パラマス、NJ)
かつて私はアメリカで就職活動をし、その時複数の人材紹介・派遣会社に登録していたため、職探しをしていない今でも、何社かがメールで求人情報を送ってくる。
その中で目を引いたのが、”駐在員のご家族も働けます!”という文句。それは人材派遣会社が、駐在員妻などの労働許可の申請を代行してくれる、ということだろうか?とにかく習い事や学校に行くことくらいだった以前と比べ、今は駐在妻の選択肢が広がり、働きたい人にも道があるというのは素晴らしいと思う。
私の場合、4年前の暮れに就職活動をしていた時の私の条件は、年齢35歳以上、専業主婦歴7年、兼業主婦歴1年ちょっと、2児の母というかなりキビシイ条件。
でもアメリカが素晴らしいと思うのは、採用に当たって会社は年齢を問うてはいけないということ。年齢や性別で差別してはいけない、という意識が徹底しているのだ。ある人材紹介・派遣会社の担当者Kさんは、「ブランクが何年あっても関係ない。」とも言ってくれて、とても勇気付けられた。
かつて日本でOLだった時、休日出勤や週末がつぶれる国内・海外出張など当たり前のモーレツ社員だった私。なのに長年の専業主婦生活ですっかり”社会復帰できるだろうか?”などと自身を失っていた。
年齢もブランクも関係なく、以前仕事をしていた時の自分にフォーカスを当ててみると、自分はとても頑張っていたんだということを思い出した。これを思い出させてくれたのは、私のことを私以上に理解してくれている夫の励ましの言葉。(これについての詳細はいつか書こうと思う。)
上記の担当者Kさんは言ってくれた。「日本の会社で仕事をしていた経験があって、永住権を持っていたらすぐに就職先が見つかりますよ。」その言葉通り、就職活動を始めて2ヶ月くらいですんなりとある日系米国法人の会社に正社員として採用となった。
いざ働き始めてみると、ブランクがあるのを心配していたのがうそのように、まるで自転車の乗り方を思い出したように、オフィスワークに慣れていた。そして自分がやはり仕事が好きだったことを思い出した。ついつい休憩もとらずにやってしまういけないクセも昔のままだ。
正社員として、また初めて英語を使った仕事をしたこの3年間はとても濃い時間となったし、お給料をもらいながらいい勉強をさせてもらったとも言える。
今では仕事のない生活は考えられないし、私にとってはすごくいいペースになっている。アメリカでの就職活動と働いた経験は私の貴重な財産になっていると思う。
アメリカで子育て ブログトップへ
2007年10月12日
駐在者の暮らし・永住者の暮らし

ファームマーケットのかぼちゃ売り場
最近ある人から「12年もアメリカにいたら、美味しいレストランたくさん知ってるでしょう!」と言われた。
米国日系企業で仕事をしていた時は、当時の駐在社長から「それだけ長くアメリカにいたら、旅行もたくさんしたでしょ。」とよく言われた。その度に私は「いや、そんなに行ってませんよ。」と答える。社長は決まってどこか(何で?そりゃだめじゃないの!?)とも言いたげ。えっ、長期滞在者はたくさん旅行してなきゃだめなんですかね。
割と来たばかりの駐在の方に、NYグルメに詳しいのではないかとか、アメリカの観光地に行きつくしているのではないかと思われることがある。
実際は逆で、滞在年数が長い永住者の多くは、ほとんどそういう情報に無頓着だ。少なくともわが家や、私の永住組友達がそうである。
ちなみにうちは、行くレストランは前からのお馴染みの店に行くことが多く、旅行も気に入った所に繰り返し行く傾向。あまり新規開拓をしない。(いけませんねー)
みんながそうだとは言えないけど、長期滞在の永住者の暮らしは、どちらかというとマイペースに自分達のライフスタイルをキープしながら、腰を落ち着けて暮らしているような感じだ。
確かに私達も駐在員時代はグルメに走ったりしたけど、今はアメリカ人の友人からの地域耳寄り情報や子供向け地域のプログラム情報の方が、NYグルメ情報より関心がある。第一、食べるためだけにわざわざニューヨークへ出かけていくのがすっかり億劫になってしまった今日この頃。(トシのせいか!?)
美味しい未知のレストランを常に開拓したり、旅行三昧というのはやっぱり駐在者らしい暮らし方だと思う。以前会社で、NYグルメ情報通の先輩駐在員が、そうでない後輩駐在員に「それ知らなきゃだめだろ〜。」とダメ出ししているのを聞いたことがある。NYグルメ情報を多く知っている人の方が会社内のポイントも高そうだ。
再びニューヨークグルメ道をめざしてもいいけど、子供達の手が離れてからのお楽しみかな〜。。。
アメリカで子育て ブログトップへ
2007年10月06日
現地校、日本人同士でかたまるな

私のお気に入り。癒される公園。
「日本人がグループになって固まって行動しないように。」
これは以前、子供らが通う現地小学校のESLの先生が日本人の親たちに提案したこと。
今は日本人もめっきり減ったけど、数年前は今より多くの日本人の子供が在籍していた。日本から来たばかりの駐在員家族もいて、確かに子供のお迎え時など、私達は会えば日本人同士で、時には長々と立ち話などしていたかもしれない。
当の私達にとっては、それが周りからみるととても目だっていた、という認識はない。でもこのESLの先生いわく、アメリカ人から見るとそれはとても目立ち、しかもあまりいい印象を周りに与えないという。確かに学校で、最近急に増えた韓国人の親たちが韓国語をしゃべりながら固まっているとやはり目につくのだ。ましてや韓国人と日本人の区別もつかないアメリカ人にしてみればそうかもしれない。こういうのって、中にいると案外わからないもの。
こういうアメリカ人の反応はおそらく、町のカラーによっても違うかも。私達の住むこの小さい町のマジョリティーは保守系白人。黒人はいるのかいないのかもわからないし、アジア系、ヒスパニック系も少数。アメリカにあってアメリカらしからぬ町なのだ。
外国からの移民が少ない町なので、ESLのカリキュラムもしっかりしていない。こういう町では、納税者意識の高いアメリカ人は、自分達の税金を外国人のESLに使うのをあまり快く思っていない人もいる。
特に日本人駐在員の子供だと、せっかく一生懸命英語を教えても数年で帰国してしまうので、税金の使い道という点から見ると”ムダ”とうつってしまうかもしれないし、第一熱心に教えてくれた先生にはがっかり、ということある。
日本人駐在員家族にとって、駐在中の数年間、現地校で英語でも覚えてくれれば儲けもの、という考えがあるかもしれないが、受け入れる側にとっても事情がある。だからもし駐在などでアメリカに来て住む所を探す場合、ESLに理解があり、きちんと教えてくれる学校がある町を選ぶのも大事はポイントだ。
冒頭のESLの先生は、こういう保守系保護者からの”意見”を耳にしていたようで、日本人の親たちに、「とにかく学校でボランティアをするように。」とも勧めていた。税金を少数のために使っているんだから少しでも心証をよくするように、ということらしい。
先生にとってもESLに予算をもらえない、あるいはESLが縮小というのは死活問題でもある。”日本人同士で固まってばかりでボランティアもしない”などともし批判されれば、いつも外国人生徒の立場で奔走してくれているESL先生の立場も危うくなる。
だから私はできる範囲で何かすればいいと思う。人にボランティアを強制することはできないし、日本人だってタックスは払っていうるわけだし。要は寛大なアメリカにお世話になっている私達外国人は、そのことを忘れないでいることが大事なのかもしれない。
アメリカで子育て ブログトップへ
2007年09月01日
駐在生活(海外生活)の醍醐味
前回はストレスのことを書いたので、バランスをとるためにも今回は駐在生活(海外生活)のいい所を書いてみようと思う。何といってもストレスより楽しみの方が圧倒的に多いしね。
かつて駐在員だった人が、帰国してからも昔住んでいた所に度々遊びに来る、ということは少なくない。特に親しくしていた友人がまだそこに住んでいたりする場合はなおさら。うちはまだ”帰任”したことがないからよく分からないけど、きっと何か戻りたくなる、惹きつけられるものがあるのだろう。
物質的な満足で言えば、駐在中は会社が家賃、保険、車等を負担してくれるから経済的に多少余裕ができる。それで旅行、習い事、グルメ、ブランド品のアウトレット、NYエリアならオペラやミュージカル等、日本に居た時よりも楽しみが増える。でも醍醐味となるとそれだけではない。
海外生活で欠かせないのは人とのつながり。私達も何度人に助けられ、温かい気持ちになったことか。ざっと思い出しただけでもこんなに出てきた。。
二人目出産したばかりで料理もままならない時、(母が帰国した後)「ちょっと作りすぎたから。。」などと言いながら、(でもわざわざうちの分まで作ってくれたとわかる)何回も美味しいごはんを作って届けにきてくれた近所のミカさん。
共働きで忙しい私達のところへ、わざわざ子供達を向かえに来てくれていつも遊びに連れ出してくれるユキさん。
一人目出産時、産後3日目で一人で家にいてとても心細かった時、(アメリカは2日で退院。予定より早い出産で、その日夫は会社、母はまだ日本。)花束とお赤飯を届けてくれてカナさん。
頼まれたわけでもないのに、日本の絵本(こどものとも)をいつも自分の子供の分と一緒に注文し、うちの子のために大量にとっておいてくれたチカさん。(チカさんは日本在住)
クリスマスに日本のビデオ(私が観たかった「オーラの泉」)、入浴剤やお菓子等たーくさんの”ふるさと詰め合わせ”を送ってくれた親友クミコ。ちょうどクリスマスの朝、サンタの格好をした郵便屋さんが届けてくれて、まじで感激。。。クリスマスって子供のことしか考えてないからこの意外性にサプライズ。
まだまだ書ききれないけど、つまりたくさんの人に支えられて生きているんだなと思うと感謝の気持ちでいっぱいになる。都会のマンションで隣人が誰だか分からない生活に比べ、外国なのに(外国だから?)昔ながらの温かみや助け合いがあり、それがが身にしみる。
妊婦の時、同じ妊婦友達のナコちゃんとラマーズクラスに始まり、ベビー服などのショッピングに行ったり、産後はは共に赤ちゃん連れで外出したり、預けあったり。あの時そこにナコちゃんがいてくれたおかげで、海外で初めての出産・育児が楽しい思い出でしかない。
人との付き合いが密で濃い良い点は、こんな喜びをもたらしてくれることかも。人生の中でちょっとピカっと光るような思い出。そういう思い出が誰でもあるから、多くの人が日本に帰ってもまだ戻ってきたくなるのかな。
ちなみに私は単純で、木に囲まれた庭でぼーっとしてるだけで、家族でゆったり団欒してるだけで、近所を散歩してるだけで、なんか豊かな気持ちになって”なんとなく幸せな気持ち”になってしまう。ここは私にとって”家族が元気でそこにいるだけで幸せ”という原点を思い出させてくれる所なのかもしれない。



アメリカで子育て ブログトップへ
かつて駐在員だった人が、帰国してからも昔住んでいた所に度々遊びに来る、ということは少なくない。特に親しくしていた友人がまだそこに住んでいたりする場合はなおさら。うちはまだ”帰任”したことがないからよく分からないけど、きっと何か戻りたくなる、惹きつけられるものがあるのだろう。
物質的な満足で言えば、駐在中は会社が家賃、保険、車等を負担してくれるから経済的に多少余裕ができる。それで旅行、習い事、グルメ、ブランド品のアウトレット、NYエリアならオペラやミュージカル等、日本に居た時よりも楽しみが増える。でも醍醐味となるとそれだけではない。
海外生活で欠かせないのは人とのつながり。私達も何度人に助けられ、温かい気持ちになったことか。ざっと思い出しただけでもこんなに出てきた。。
二人目出産したばかりで料理もままならない時、(母が帰国した後)「ちょっと作りすぎたから。。」などと言いながら、(でもわざわざうちの分まで作ってくれたとわかる)何回も美味しいごはんを作って届けにきてくれた近所のミカさん。
共働きで忙しい私達のところへ、わざわざ子供達を向かえに来てくれていつも遊びに連れ出してくれるユキさん。
一人目出産時、産後3日目で一人で家にいてとても心細かった時、(アメリカは2日で退院。予定より早い出産で、その日夫は会社、母はまだ日本。)花束とお赤飯を届けてくれてカナさん。
頼まれたわけでもないのに、日本の絵本(こどものとも)をいつも自分の子供の分と一緒に注文し、うちの子のために大量にとっておいてくれたチカさん。(チカさんは日本在住)
クリスマスに日本のビデオ(私が観たかった「オーラの泉」)、入浴剤やお菓子等たーくさんの”ふるさと詰め合わせ”を送ってくれた親友クミコ。ちょうどクリスマスの朝、サンタの格好をした郵便屋さんが届けてくれて、まじで感激。。。クリスマスって子供のことしか考えてないからこの意外性にサプライズ。
まだまだ書ききれないけど、つまりたくさんの人に支えられて生きているんだなと思うと感謝の気持ちでいっぱいになる。都会のマンションで隣人が誰だか分からない生活に比べ、外国なのに(外国だから?)昔ながらの温かみや助け合いがあり、それがが身にしみる。
妊婦の時、同じ妊婦友達のナコちゃんとラマーズクラスに始まり、ベビー服などのショッピングに行ったり、産後はは共に赤ちゃん連れで外出したり、預けあったり。あの時そこにナコちゃんがいてくれたおかげで、海外で初めての出産・育児が楽しい思い出でしかない。
人との付き合いが密で濃い良い点は、こんな喜びをもたらしてくれることかも。人生の中でちょっとピカっと光るような思い出。そういう思い出が誰でもあるから、多くの人が日本に帰ってもまだ戻ってきたくなるのかな。
ちなみに私は単純で、木に囲まれた庭でぼーっとしてるだけで、家族でゆったり団欒してるだけで、近所を散歩してるだけで、なんか豊かな気持ちになって”なんとなく幸せな気持ち”になってしまう。ここは私にとって”家族が元気でそこにいるだけで幸せ”という原点を思い出させてくれる所なのかもしれない。

アメリカで子育て ブログトップへ
2007年08月29日
ストレス多い駐在妻生活
確か春頃,ある日本語無料情報誌に、精神的にストレス状態にある在米駐在員妻が多いこと、またそういう人たちのためのホットラインなどのサービスが領事館等に無く、設置が急務である、という記事があった。
やっぱりそうか〜、というのがその時思ったこと。私自身の経験からも、駐妻のストレスはよーく分かる。私が感じていたストレスを分析してみると。。。。
1.渡米直後は一人ぼっち。
渡米する頃の私は、新婚1年で子供は無く、会社の出張など仕事に忙しかった。そんな私のことは”これから来る新しい人”の情報として同じ会社の先輩駐妻達にも事前に知られたいた。(夫が先に渡米していたため)
中国留学、赴任直前まで仕事、ということでちょっと変わってる人に違いない、と思われたらしく、渡米して3週間というもの会社の奥様たちの誰一人として連絡をくれなかった。(会社にはたくさんの駐在員がいたにも拘わらず)その間、私は日中は誰ともしゃべらず、夫が帰宅してようやく口を開くという毎日。しーんとした家の中に毎日一人でいるのはノイローゼになりそう。とにかく早く車の免許を取って外へ出たいと思っていた。
2.住む所に干渉される。
当時同じ会社の方々は北部の近隣町のタウンハウスに寄り集まって住んでいた。(まだ子供のいない若手の駐在員が多かったので)そして毎週末持ち回りで誰かの家でお食事会。ところが私達夫婦はそんな町とはちょっと離れた一軒家に住むことに。
「珍しいわね、古くて汚い一軒家に住むなんて」
「みんなから離れて、私達と付き合いたくないのかしら。」
などがささやかれた言葉。
当時夫は、せっかくアメリカに来たんだから一軒家に住みたいと思っていた。それに同期の駐在員ならまだしも、先輩か上司にあたる方々の家庭で週末まで一緒に過ごしたくない、というのは本音。(今から思うと当たり前だけど。)
3.お付き合い
ようやく同じ会社の駐妻たちとお付き合いが始まった。でも同じような仲間うちで月曜はテニス、水曜はフラワーアレンジメントという具合に週3日くらいは習い事。あとは誰かのうちでお茶を飲んでクラフト作り、という毎日。周りがこのライフスタイルだと知った時、はっきり言ってすごいショック。それしかないの?!息がつまりそう〜と思った。(人によっては極楽のようなライフスタイルなんだろうけど。。)仕事をしていた人にとっては、ビザの都合上職に就けない駐妻生活に慣れるまで、結構時間がかかってしまうだろう。
4.夫の悪口・うわさ話
午後中、誰かのお宅でお茶と手作りケーキを頂きながらのおしゃべりや、クラフト・手芸に手を動かす、というのは駐妻たちの良くある日常。そんな時、夫の悪口やどこの誰とも知らない人の悪口的うわさ話をする人っているものだ。これって正直しんどくて、ずっと聞かされると後でどっと疲れる。なんか悪い”気”にあたったみたいに。
Y子さんはいつもご主人への不満をボロクソ言っていたが、そのご主人はうちの夫の部署の直接の先輩。家庭の事情がつつぬけになって、なんかご主人がかわいそうな感じ。また逆に、ついポロッとうちの家庭の内情的な話をもらしてしまうと、「そ〜なんだ!」と興味津々に聞かれ、その後すっかり会社の人の間に広まってしまっている。「○○家って△△なんだってよ〜。」って具合に。同じ会社の奥様たちには要注意だ。親身になって聞いてくれる親友ではない。うちの内情を酒の肴に面白おかしく語られてしまう!
とストレスの部分だけを書き並べるとこんなになってしまったけど、駐妻生活を7年やった経験上言えるのは、こんなストレスも時間がくれば慣れるし状況も変わる。付き合い方のコツもわかってくる。日本にいたってストレスはあるわけだし、駐在ってこんなもの、と開きなおって楽しむことに集中するのもいいかも。そこから学べることだってたくさんあるし、親友のような駐妻友達ができることもある。
ただ来たばかりの時は何かとこたえるもの。人によって捉え方は違うと思うけど、早く自分の居場所を見つけ、ペースをつかむことが早く駐在生活に慣れることにつながると思う。
また子供がいると、いやでも世界が広がり、ペースができていい。同じ会社の日本人の中だけで暮らすより、積極的にアメリカの中に入っていく方がこの手のストレスはたまらない。実際、駐在生活はストレスと上手に付き合えば、楽しいことがたくさんあるんだから!


アメリカで子育て ブログトップへ
やっぱりそうか〜、というのがその時思ったこと。私自身の経験からも、駐妻のストレスはよーく分かる。私が感じていたストレスを分析してみると。。。。
1.渡米直後は一人ぼっち。
渡米する頃の私は、新婚1年で子供は無く、会社の出張など仕事に忙しかった。そんな私のことは”これから来る新しい人”の情報として同じ会社の先輩駐妻達にも事前に知られたいた。(夫が先に渡米していたため)
中国留学、赴任直前まで仕事、ということでちょっと変わってる人に違いない、と思われたらしく、渡米して3週間というもの会社の奥様たちの誰一人として連絡をくれなかった。(会社にはたくさんの駐在員がいたにも拘わらず)その間、私は日中は誰ともしゃべらず、夫が帰宅してようやく口を開くという毎日。しーんとした家の中に毎日一人でいるのはノイローゼになりそう。とにかく早く車の免許を取って外へ出たいと思っていた。
2.住む所に干渉される。
当時同じ会社の方々は北部の近隣町のタウンハウスに寄り集まって住んでいた。(まだ子供のいない若手の駐在員が多かったので)そして毎週末持ち回りで誰かの家でお食事会。ところが私達夫婦はそんな町とはちょっと離れた一軒家に住むことに。
「珍しいわね、古くて汚い一軒家に住むなんて」
「みんなから離れて、私達と付き合いたくないのかしら。」
などがささやかれた言葉。
当時夫は、せっかくアメリカに来たんだから一軒家に住みたいと思っていた。それに同期の駐在員ならまだしも、先輩か上司にあたる方々の家庭で週末まで一緒に過ごしたくない、というのは本音。(今から思うと当たり前だけど。)
3.お付き合い
ようやく同じ会社の駐妻たちとお付き合いが始まった。でも同じような仲間うちで月曜はテニス、水曜はフラワーアレンジメントという具合に週3日くらいは習い事。あとは誰かのうちでお茶を飲んでクラフト作り、という毎日。周りがこのライフスタイルだと知った時、はっきり言ってすごいショック。それしかないの?!息がつまりそう〜と思った。(人によっては極楽のようなライフスタイルなんだろうけど。。)仕事をしていた人にとっては、ビザの都合上職に就けない駐妻生活に慣れるまで、結構時間がかかってしまうだろう。
4.夫の悪口・うわさ話
午後中、誰かのお宅でお茶と手作りケーキを頂きながらのおしゃべりや、クラフト・手芸に手を動かす、というのは駐妻たちの良くある日常。そんな時、夫の悪口やどこの誰とも知らない人の悪口的うわさ話をする人っているものだ。これって正直しんどくて、ずっと聞かされると後でどっと疲れる。なんか悪い”気”にあたったみたいに。
Y子さんはいつもご主人への不満をボロクソ言っていたが、そのご主人はうちの夫の部署の直接の先輩。家庭の事情がつつぬけになって、なんかご主人がかわいそうな感じ。また逆に、ついポロッとうちの家庭の内情的な話をもらしてしまうと、「そ〜なんだ!」と興味津々に聞かれ、その後すっかり会社の人の間に広まってしまっている。「○○家って△△なんだってよ〜。」って具合に。同じ会社の奥様たちには要注意だ。親身になって聞いてくれる親友ではない。うちの内情を酒の肴に面白おかしく語られてしまう!
とストレスの部分だけを書き並べるとこんなになってしまったけど、駐妻生活を7年やった経験上言えるのは、こんなストレスも時間がくれば慣れるし状況も変わる。付き合い方のコツもわかってくる。日本にいたってストレスはあるわけだし、駐在ってこんなもの、と開きなおって楽しむことに集中するのもいいかも。そこから学べることだってたくさんあるし、親友のような駐妻友達ができることもある。
ただ来たばかりの時は何かとこたえるもの。人によって捉え方は違うと思うけど、早く自分の居場所を見つけ、ペースをつかむことが早く駐在生活に慣れることにつながると思う。
また子供がいると、いやでも世界が広がり、ペースができていい。同じ会社の日本人の中だけで暮らすより、積極的にアメリカの中に入っていく方がこの手のストレスはたまらない。実際、駐在生活はストレスと上手に付き合えば、楽しいことがたくさんあるんだから!

アメリカで子育て ブログトップへ
2007年08月13日
アメリカ駐在中にネイルの資格を取った友人
ネイリストの友人N美さんが日本から旅行に来ていて、おとといの夜、わが家にも遊びにきてくれた。彼女と会ったのは2年ぶり。
N美さんは以前、駐在員妻としてニュージャージーに暮らしていた時にネイリストの資格を取得。自宅の一室をネイルサロンにしたり、外のお店に仕事に行ったりしていた努力家だ。
彼女がネイルの勉強を始めた時、子供はまだ3歳。でもネイル学校まで車で5分だったのと、ベビーシッターが見つかったことが大きかったとのこと。がんばって無事資格をとることができたそうだ。
通常、駐妻はビザの関係上アメリカで仕事に就くことはできない。でも労働許可を得ることはできるので、彼女も労働許可を取得して仕事をしていた。この労働許可は2年間有効で、その後も更新できるらしい。
そういえば当時、まわりの駐妻達の何人かがこのwork permit を取得していた。チャレンジ精神旺盛なやり手な人たちがそろっていた時期だったと思う。(最近の駐妻たちはすごいわ〜、と私も思っていました。)
N美さんは2年前にご主人の帰任に伴い帰国。日本でも引き続きネイリストの道を進んでいる。そしてその彼女が痛感したのは、日本のネイルの技術は世界一ということ。
日本人はついつい欧米のレベルが上、と思いがちだけど実際はそうではないらしい。マンハッタンの超高級なサロンは別としても、ニュージャージーとカリフォルニアでネイリストをやった彼女の経験からすると、日本の技術はやはりダントツだとか。
そういえば日本人って、パンやケーキなんかにも見られるように、元々日本文化に無かった物の習得が上手く、完成度が高い民族な気がする。だからネイルが世界一っていうのもうなづける。
ところでN美さんといえば男性が思わず振り返る美貌の持ち主。でもその外見とは反対に?性格は男まさりで酒豪!きっと日本のネイル業界でますます活躍する場が増えていくこと間違いなし!
おとといは久しぶりの再会で、お酒とごはん、デザートで、大いに話が盛り上がった楽しい夕べでした。


アメリカで子育て ブログトップへ
N美さんは以前、駐在員妻としてニュージャージーに暮らしていた時にネイリストの資格を取得。自宅の一室をネイルサロンにしたり、外のお店に仕事に行ったりしていた努力家だ。
彼女がネイルの勉強を始めた時、子供はまだ3歳。でもネイル学校まで車で5分だったのと、ベビーシッターが見つかったことが大きかったとのこと。がんばって無事資格をとることができたそうだ。
通常、駐妻はビザの関係上アメリカで仕事に就くことはできない。でも労働許可を得ることはできるので、彼女も労働許可を取得して仕事をしていた。この労働許可は2年間有効で、その後も更新できるらしい。
そういえば当時、まわりの駐妻達の何人かがこのwork permit を取得していた。チャレンジ精神旺盛なやり手な人たちがそろっていた時期だったと思う。(最近の駐妻たちはすごいわ〜、と私も思っていました。)
N美さんは2年前にご主人の帰任に伴い帰国。日本でも引き続きネイリストの道を進んでいる。そしてその彼女が痛感したのは、日本のネイルの技術は世界一ということ。
日本人はついつい欧米のレベルが上、と思いがちだけど実際はそうではないらしい。マンハッタンの超高級なサロンは別としても、ニュージャージーとカリフォルニアでネイリストをやった彼女の経験からすると、日本の技術はやはりダントツだとか。
そういえば日本人って、パンやケーキなんかにも見られるように、元々日本文化に無かった物の習得が上手く、完成度が高い民族な気がする。だからネイルが世界一っていうのもうなづける。
ところでN美さんといえば男性が思わず振り返る美貌の持ち主。でもその外見とは反対に?性格は男まさりで酒豪!きっと日本のネイル業界でますます活躍する場が増えていくこと間違いなし!
おとといは久しぶりの再会で、お酒とごはん、デザートで、大いに話が盛り上がった楽しい夕べでした。

アメリカで子育て ブログトップへ











