2010年03月09日
3年生のプチ同窓会
娘Mの去年の担任ミセスHは100満点の先生らしい。
ユーモアがあって、理解があって、ほどよく厳しくて、、、、
娘が今までで一番好きな先生だとか。
そんなミセスHが先週、
今や3年生になり
6クラスに分かれた去年の教え子たちのクラスを回った。
「明日のランチは私のクラスで一緒に食べましょう。」
と招待するためだった。
ちなみに担任の先生は普通
クラスの生徒と一緒にはランチを食べない。
生徒はカフェテリアなどへ行って食べ
ランチエイドが見張り役となる。
先生は先生同士で食べたり
外へ行ったりする。
だからミセスHの今のクラスがランチに行っている間
かつての教え子と一緒の時間が持てるというわけ。
娘は前の晩からそれはそれは楽しみにしていた。
さて当日、去年のクラスメートほぼ全員が集まり
懐かしい思い出の詰まった2年生の教室で
ミセスHを囲んでのランチタイムとなった。
ミセスHはたくさんのデザートまで用意していて
それもあっという間になくなった。
去年といえばミセスHにとっても
別の意味で印象深い年だった。
自宅が火事に遭い、家族に命の別状はなかったものの
家はそのままでは住めない状態に。
隣人や知人の家などに、家族ごと居候していたり
キッチンの無い所に仮住まいを強いられた。
そこで数人のアメリカ人のお母さんたちが
交代でミセスH一家のディナーを作ったりしていた。
そういえば、彼女たちはこんな時
よく人のために交代でディナーを作ったりしている。
私が見た時は、大皿の魚料理をオーブンで焼いていた。
確かにこういう料理だったら作りやすいし
車社会だから持って行きやすいんだよね。
話はもどって同窓会。
ランチタイムが終わると
みんな同じ学校にいるにも関わらず
ミセスHと離れたがらず
名残惜しそうにいつまでもハグをしていたそう。
家に帰ってくるなり娘は
「あ〜今日は楽しかった〜。」
とため息まじりにプチ同窓会の話に花が咲いた。
楽しいけどちょっぴり切ないような
人生初の同窓会を堪能したようだ。
こうやってみんなも1年1年成長していくんだね。
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2010年03月03日
大雪とカニ
今年ニュージャージーは立て続けに大雪がドカドカ降って
何度も家族総出の大雪かきをすることに。

雪の重みで植木や木もズッシリ沈んでしまいます。
かつて子供たちが小さく、夫も出張中なんていう時には
私が一手にやらなければならず
大雪にはほとほとガックリきました。
また妊婦だった時、
ドアが凍り付いて開かなくなったことがあり
ガレージから手を振って
お向かいの家に助けを求めたことも。
それが今は疲れ知らずの13歳が
シャベルでガッシガッシとかき出してくれるので
母の出番は少なくなってきました。
雪かきは
ちゃんと腰を入れてやらないと
腰痛やぎっくり腰を引き起こすことがあり
結構要注意です。
息子はたただ力に任せてやっていたので
「ちゃんと腰を沈めて膝を曲げてやらないと
リー先生の所に通うことになるよ。」
と脅します。
リー先生とはNJにいる中国式マッサージ(推拿)
のドクターで
よく効くけどかなり痛いことで知られています。
かつて夫が背骨をまっすぐにするために
2年間痛い思いをして通っていたのを
息子は知っているため
この脅しは効きました。
ちゃんと膝を曲げています。
大雪になると学校は休校になり
子供にとってはウキウキで
その日がテストだったり、レポートの期限だったりすると
更にラッキー。
さて、寒い季節のうちに冬の味覚を食べておこうと
ニューヨークにカニを食べにいきました。

アメリカではレモンとバターで食べますが
これもなかなかです。
City Crab And Seafood Company
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2010年02月24日
寝ている間の不思議な体験
それは確か7〜8年くらい前のこと。
夜寝ていると、
2階の寝室の方へ”誰か”が階段をあがってくる気配。
「誰か来たから起きなくちゃ」
と思うものの体が動かない。
そう思っているうちにその”誰か”が
部屋のドアを開けて入ってきた。
そのまま私の掛け布団をめくって私の背中にピタッとくっついた。
スッと体に入り込んだ気さえする。
そしてその瞬間ジワーッと体が熱くなって
意識がさえた。
半分眠っているような半分起きているような状態だけど
感覚はとてもリアル。
夢にしては妙にナマナマしいのだ。
それまで私は金縛り等にあったことは無く
”霊感”というものにも縁がないと思っていたので
この体験はまさにビックリ仰天で
何だかオソロシくて
「二度とこんなことが起きませんように。」
と祈っていた。
(その後の生活には何の変化もありませんでしたが。。)
こういう事がとても恐怖に感じてしまうのは
多分、昔、子供の頃に
テレビや雑誌で心霊写真だの霊視だのと
必要以上にオドロオドロしい演出のものを
たくさん見すぎたせいだと思う。
そういえば宜保愛子の番組もよく見たっけ。
さてこの不思議な体験から何年かたった後
あるサイキック・リーディングの人と縁があり
あれは一体何だったの?と聞いてもらったことがある。
その人いわく
私のように体が温かくなったというのは
守護霊などの良い霊だそうである。
また祖父のような存在が守護霊として守ってくれている、
とも言われた。
特に心配したり怖がったりするような事ではないと分かり
ようやく一安心。
それからまた何年か後に読んだ
ドリーン・バーチューの本に
”自分が生まれる前に他界している身内が
ガーディアンエンジェルになっていることが多い。”
と書いてあり
私の場合、母方の祖父が
私が生まれるよりずっと前に亡くなっているので
もしかして守ってくれているのかなあ〜と思うと
会ったことのないおじいちゃんに
初めて親近感が沸いてきた。
さて7、8年前よりも年を重ね
知識も多少増えてきたところで
おととい
寝ている間に
久しぶりにまた不思議な体験が発生。
別の周波数に包まれているような空気とともに
親密な感じの”存在”が
寝ている私に触れているような体験。
やはりグワーッと熱くなったのは同じ。
でももはや恐怖感は全くなく
この不思議な感覚を覚えていたくて
なるべく意識的にしていたところが
前回と違う点。
それにしても私は随分変わったもんだと思う。
昔はこういうことは自分には関係ない現象か
胡散臭い話のように思っていたのに
まさかブログに書いているとはー。
今は”目に見えない現象”についての
本やチャネリング情報がたくさんあり
私も日々興味をそそられている。
まやかしと思っているよりは
心を柔軟にしておいたほうが
これからの人生が面白そう。

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2010年02月19日
冬のナイアガラも素敵でした。
ニュージャージーの自宅から
車でで飛ばすこと約8時間
ナイアガラの滝へ行ってきました。
前回は行った時は14年前で
夫と2人の旅行だったけれど
今回は初めて家族4人で出かけました。
ニュージャージー辺りをウロウロしているだけでは
アメリカ大陸にはスケールの大きい自然があることを
ついつい忘れがち。
いつか家族で行きたい場所の一つでした。
滝の水は凍らずに流れ落ちていたけど
周りや川は一部凍りついて
冬のナイアガラもまさに圧巻です。
すっごく寒かったけど
来ていた人たちもみんな
防寒だけはバッチリしてました。
案外たくさんの観光客です。
今回ちょっぴり足をのばして
オンタリオ湖と川が交わる所まで行ってみました。
海みたいに広い湖のはるかかなたの対岸に
トロントの景色がうっすらと見えました。
やっぱり広々したところに身をおくと
なんだか心が浄化されたような気分です。
胸いっぱいに深呼吸をしてみました。
日常だと
なんだかいつも小さく小さく考えがちなことに
気がついたりして。
バレンタインズデーでチャイニーズニューイヤーで
冬季オリンピックをやっていた日
私たちもカナダの良い日を過ごしました。
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2010年02月08日
怒鳴るアメリカ人と「ゆるし」
日本人に比べてアメリカ人はよく公の場で
怒鳴っているような気がする。
道路で怒鳴りあっていたり
学校ではランチエイドが怒鳴っていたり。。。
そういう私も先日、アメリカ人のお母さんに怒鳴られた!
それは登校する娘を学校の前で降ろした後だった。
そこはドロップオフレーンで、駐車は禁止だが、
エンジンがかかっていて中に人がいれば、
数分間は止まっていてもいいとされる場所。
その日、事情により娘が数分後に車に戻ることになっていたため
私はそのまま待機していた。ほんの数分である。
すると私の後ろの車がすぐにクラクションを鳴らし始めた。
なんで鳴らしているのかなァ、と思っていると
その車のドライバーのお母さんが車から出てきて
私の運転席の窓をドンドンと叩いている!
私が?と窓を開けると、彼女はいきなり怒鳴った。
「あなたがどかないから、私の車が出られないじゃないのよー!!!」
(もちろん、英語で。)
えっ、何かおかしい。
彼女は私の後から来たんだから、
自分で出られる車体間隔で止めるのは
そちらの責任じゃないの?
少しバックして車を出すことはできないの?
怒鳴る代わりに「少し車を動かしてもらえないかしら?」
と話すことはできないの?
ちなみに私の前の車も同じくそこに待機していたから
どちらにせよ、私の車はそんなに動かせなかった。
私が極力冷静に
「娘が戻ってくることになっているからどけないのよ。」
と言うと、相手は一瞬ハッとひるんだように見えたが
怒りの収まりがつかなくなっていたようで
「でもここは駐車禁止なのよー!!降ろしたらすぐ行くのよ!!」
私:「これは駐車じゃないんだけど。。」
怒鳴るだけ怒鳴り
もう何も言えなくなった彼女はこの後車へ戻った。
それにしてもスッピンの顔で目はつり上がり
まさに鬼の形相!
スゴイ怖い顔だった〜。
しかも彼女は娘のクラスのクラスマザーの一人で
私の家に連絡網を回す担当にもなっている。
彼女がドンドン窓を叩いている時、
私は「あ、マシューのママだ。」って分かったんだけど
彼女は気がついたかどうか。
いつもキレイに厚化粧しているけど正体見たり
という感じである。
ちなみにこのマシューっていう子は
クラスで娘にすぐ意地悪な事を言うらしく
以前から娘が嫌がっていた子である。
この親にしてこの子あり、ということか。
さて清清しく一日始まるはずだった朝に
無防備のうちに怒鳴られた私は
ムナクソ悪さが2日間くらい拭えなかった。
自分に非があるわけではないにせよ
ネガティブエネルギーをもろに受けてしまった上
視覚的にもおぞましい物を見てしまったため
瞑想しても何してもムシャクシャが消えない。
そんな中、江原さんのスピリチュアル本に
意地悪な人がいたら
「私のためにカルマを背負ってくれてありがとう。」
と感謝しなさい、というような内容があってたりして
そうそう、感謝しなきゃな〜、などと思いながら
心がようやく落ち着いたのは1ヶ月くらいたってからである。
日ごろ色々な本などから
「ゆるし」がいかに大切かということは読んで知っているし
”過去の怒りの感情を解放することが、心の豊かさ=現実の豊かさにつながる”
なんていうコンセプトも知ってるはずなんだけど
彼女をすぐに”ゆるす”ことができず
頭で分かっているのと、実際行動できるのとでは
大きく違うなあ、とあらためて思う。
「ゆるし」というテーマは奥深い。
それにしても
こんな醜態さらけ出してしまった彼女の方こそ
一体恥ずかしくないのかしら?
素朴なぎもんです。。
ハドソン川も凍る
ニュージャージーの冬
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2010年02月02日
友達と距離を置きたい時
娘Mの友達サラ(仮名)とは
去年2年生の時に同じクラスで
以来よく一緒に遊んでいた。
サラの家に行った後
いつもサラママに
「Mとサラは本当に仲良く遊ぶわね。
誰とでもこうはいかないのよ。。」
と満足げに言われる。
もっぱらサラママから電話があって
サラのお宅で遊ばせてもらうことが多いのだが
いつの頃からか、Mはサラとは遊びたくない
と言いはじめた。
理由は
一緒にゲームをやって、もしMが勝つと怒り
自分が勝つゲームばかりやりたがり
話にジョークが多く
まともな話と思って真剣に聞いていると
後でジョークだと言われることが多すぎる
ということで
遊んでいて全然楽しくないらしい。
そしてサラは親の前では良い子にしているので
彼女のお母さんは全く気がついていない、
というのがMの説明であった。
まぁ よくあるワガママな子の典型みたいだから
そりゃ遊んでいて楽しくないでしょう、と思う。
そしてお母さんが気がついていないというのも
これまたよくある現象といえるでしょう。
私が子供の頃のように
子供同士で遊ぶの遊ばないのと勝手にやってくれればいいのに
今のアメリカで9歳くらいだと
車で送り迎えする必要からか
親同士が電話でプレイデートの約束を決めることが多い。
前回サラママのお誘いに
思わずYesと言ってしまった私に
娘はひどく怒った。
「なんで約束するのー!?」
その時はしぶしぶ遊びにいった娘だが
もはやこれ以上お誘いに応じるのは難しそうだ。
どうか、もう誘われませんように。
と思っているとむしろ誘われてしまうのが世の常らしい。
明るくて冗談と世間話の好きなサラママから
いつMと遊べるか、と早速電話がかかってきた。
この日のためにあらかじめ
どうやって相手を傷つけずに誘いを断るか
あるいはサラの問題を気づかせるか
家族揃っての夕食時、話し合いがもたれた。
結論として
私がこういうことをTママに伝えることになった。
”Mがハッキリ理由を言わないのでよく分からないけれど
どうも2人の間で何かあったようで
Mはプレイデートを少しお休みしたいみたいなの。”
ここでのポイントは
私はあくまでメッセンジャーにすぎず
原因はサラにあるかのようなニュアンスを出さず
Mを支持する立場もとらず
感情移入しないで淡々と、
ということ。
子の問題は母の問題かのように
同一化してとらえてしまいがちだが
ここは、子の意見を尊重する、別個の存在としての
母に徹することにした。
決め手は
"She wants to take some time off"
という一言で
私は受験生が英単語を覚えるように
来る日に備え、この言い回しを繰り返し練習した。
そしてその日。
家族会議で決まった通りのシナリオで
サラママに告げてみたところ
「あらー、Mが気を悪くするような何かがあったなんて
全然知らなかったわ。ごめんなさいね。
サラはただMと遊びたいと言うもんだから。。。。
何が原因だか分かる?
もし何かわかったら教えてちょうだい。」
と、非常にリーズナブルな大人の反応をしてくれて
私はものすごく安心した。
ここで自分の子(や自分)の”守り”に入ったり
逆にこちらに文句を言ってきたりする親もいますよね?
(実際、いました。。。。)
その後サラやサラママと学校で会ったりしても
まるで何事もなかったように
今まで通り明るく世間話をしてくれるサラママ。
ともすれば、ぎくしゃくしたり、気まずくなったりなど
ありえるケースだっただけに
いいお母さんで良かったー、と思う。
またMにも言ってある。
次回一緒に遊んでフェアじゃないことがあったら
ケンカしてもいいからその場でちゃんと言いなさい
と。
今回のことが、サラとサラママにも
何か気づきになってくれればいいなと願っています。
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2010年01月26日
ハイスクールの説明会がありました
先日息子とハイスクールの説明会に行ってきた。
この9月からいよいよハイスクール入学になるのだけれど
日本ではまだ中学2年生なわけだから、
私としてはなんだかヘンな感じがする。
夜7時からオーディトリアムで始まった説明会は
親子参加であるが
もうこの年になると親の隣には座りたくないらしく
息子はレイとダニーとどこかの席へ行き
私は私で友人のチャイニーズ系のお母さん達といた。
しかしハイスクールでの学年の呼び方にはまだイマイチ慣れない。
freshman(9年生)
sophomore(10年生)
junior(11年生)
senior(12年生)
なんてようやく知ったばかり。
日本の、高校1年、2年、3年というのはとても分かりやすかったなあ。
まるで、昔初めて英語を習った時
どうして1月、2月などと数字で言わず
January, Februaryという単語で覚えないといけないんだろ、
と思ったのに近い。
さて当たり前だけど
ハイスクールは中学とはまた全然違った雰囲気。
卒業までにちゃんと単位を取らないと留年するとか
生徒一人一人にラップトップを4年間貸してくれるとか
抜き打ちでドラッグ検査をするとか、説明された。
なんといってもSATなどの大事なテストがあるわけで
ちゃんと大学に進みたければ
ハイスクールでの学習は気が抜けないのである。
いつも意識がフラフラと集中力が足りない息子、
ちゃんと聞いてたかなー。
そういえば、過去のドラッグ検査では、
500人の生徒のうち8人が陽性だったという説明が
先生から誇らしげになされた。
以前ある現地校に通う日本人高校生が
「周りはみんなドラッグやってるよ。」
なんて言ってたことを考えれば
0.016%ってことは誇れることなのかもしれない。
生まれてこの方アメリカで育ってきた息子は
本来の性格なのか、環境からか、そのコンビネーションか
どこかのんびりしていて、物事に甘い!
日本の受験も、先輩・後輩の上下関係も
息子には理解しがたいのことのよう。
「日本では高校へ入るために受験するんだよ。」
と説明すると
「じゃあオレ、日本じゃ多分高校に行かれないね。」
と受験と聞くだけで諦めている息子。
頼むよ〜。
ま、アメリカの大学は卒業するのが大変というし
本人は一応大学に進みたいらしいので
これから徐々に厳しさを知ってもらいましょう。。。
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2010年01月19日
今日はキング牧師の日でした
今日はマーチン・ルーサー・キングJr.デーの祝日ですが
ようやくわが子供たちが通う学校も
今年から一日休みになりました。
というのも去年までは半日学校がありました。
今年から休みになったといっても
”プロフェッショナル・デー”だそうです。
(これって何?キング牧師の日とは言わないの?)
数ヶ月前、例のオバマ大統領が
全米の子供たちに向けてスピーチした際
「大統領が何を話すがわからないから。」
という理由で
生徒にスピーチを見せない判断をした親や
学校のことなどのことがニュースになっていましたが
自分たちが選んだ大統領がそんなに信じられないなんて
私にはちょっと理解しがたい感じがしました。
そしてわが子供たちの学校も
そのスピーチを見せないことにした学校の一つでした。
数日たった後に、
「内容を吟味した後にクラス別に視聴させることを検討」
みたいな、あいまいなお知らせが出ていました。
(それ以降、学校でビデオを見たという話、聞いてないなあ。)
話はかわりますが
ハイチ大地震のニュースが痛々しい毎日です。
レイキ プラクティショナーの人々などは
ハイチにレイキを送ったりしているそうですが
うちも何かできることはないかと
せめてもの募金をしました。
募金といえば、夫は独立起業後から
慈善団体の会員になっており
毎月定額を募金しているようです。
そのうちの一つは、バングラディッシュの子へで
ある日、
その子が描いた絵が手紙で送られてきました。
いかにも小さい女の子がクレヨンで描いたような
花や家の絵。字はありません。
実はその絵を描いたのは13歳の少年でした。
裸足で立っているその少年の写真を見たときは
想像と違い、ちょっと驚いてしまいました。
(私は夫がどんな子に寄付していたのか知らなかったのです。)
学校に行っていないということは
こういうことなのか、とちょっと分かった気がしました。
先日もしも世界が100人の村ならば
という詩を読み、なるほど!と思ったので
その夜寝る前に、こんな風に一日を振り返りました。
屋根がある場所で寝られる幸せ。
水道をひねれば飲み水が出る幸せ。
電気が自由に使える幸せ。
きれいな空気を吸える幸せ。
顔見知りの人が素敵な笑顔をくれた幸せ。
友達がいる幸せ。
今日一日がなんだか完璧で
すごく幸せだった気がしてきました。
高級リゾートホテルに泊まったわけでもないのに。
マーチン・ルーサー・キングJr.デーに
とりとめもなく世界のことなど考えてしまいました。


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ようやくわが子供たちが通う学校も
今年から一日休みになりました。
というのも去年までは半日学校がありました。
今年から休みになったといっても
”プロフェッショナル・デー”だそうです。
(これって何?キング牧師の日とは言わないの?)
数ヶ月前、例のオバマ大統領が
全米の子供たちに向けてスピーチした際
「大統領が何を話すがわからないから。」
という理由で
生徒にスピーチを見せない判断をした親や
学校のことなどのことがニュースになっていましたが
自分たちが選んだ大統領がそんなに信じられないなんて
私にはちょっと理解しがたい感じがしました。
そしてわが子供たちの学校も
そのスピーチを見せないことにした学校の一つでした。
数日たった後に、
「内容を吟味した後にクラス別に視聴させることを検討」
みたいな、あいまいなお知らせが出ていました。
(それ以降、学校でビデオを見たという話、聞いてないなあ。)
話はかわりますが
ハイチ大地震のニュースが痛々しい毎日です。
レイキ プラクティショナーの人々などは
ハイチにレイキを送ったりしているそうですが
うちも何かできることはないかと
せめてもの募金をしました。
募金といえば、夫は独立起業後から
慈善団体の会員になっており
毎月定額を募金しているようです。
そのうちの一つは、バングラディッシュの子へで
ある日、
その子が描いた絵が手紙で送られてきました。
いかにも小さい女の子がクレヨンで描いたような
花や家の絵。字はありません。
実はその絵を描いたのは13歳の少年でした。
裸足で立っているその少年の写真を見たときは
想像と違い、ちょっと驚いてしまいました。
(私は夫がどんな子に寄付していたのか知らなかったのです。)
学校に行っていないということは
こういうことなのか、とちょっと分かった気がしました。
先日もしも世界が100人の村ならば
という詩を読み、なるほど!と思ったので
その夜寝る前に、こんな風に一日を振り返りました。
屋根がある場所で寝られる幸せ。
水道をひねれば飲み水が出る幸せ。
電気が自由に使える幸せ。
きれいな空気を吸える幸せ。
顔見知りの人が素敵な笑顔をくれた幸せ。
友達がいる幸せ。
今日一日がなんだか完璧で
すごく幸せだった気がしてきました。
高級リゾートホテルに泊まったわけでもないのに。
マーチン・ルーサー・キングJr.デーに
とりとめもなく世界のことなど考えてしまいました。
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2010年01月12日
夢って不思議
初夢ではありませんが
ちょっと前に、今健在の母方の祖母の夢を見ました。
私は小学校6年まで
祖母と同じ敷地内に住んでいたので
物心ついた頃から祖母が近くに居ることが当たり前でした。
家の中からでも外からでも祖母の家に行かれ
用があっても無くてもただ出入りしていたし
つまらなかったり怒られたりしても行っていたし
私にとっては
遠慮なくいつでも勝手に行っていい場所でした。
私が生まれた時まだ47歳だった祖母は
よく「若いおばあちゃんねえ。」と周りから言われ
毎日せっせと庭の植木の手入れや鯉の世話をし
よく動いていた人でした。
客観的に祖母の性格を分析すると
案外ズバズバはっきり物を言うところや
強い思い込みや自己主張があったりして
もしかしたら敵もいっぱい作っちゃうタイプかな、
と別の見方もできるようになったのは
大人になってからです。
それでも私にとっては
気兼ねのいらない
いつも受け入れてくれるおばあちゃんには違いなく
祖母の独特の物言いは面白いとは思うものの
ズバズバ言い過ぎてキツイとは孫の私には感じられません。
その夢を見たのは、サンクスギビングのちょっと前でした。
アメリカのサンクスギビングといえば
家族や親戚が遠方から一同に会するホリデーということで
私は夢の中で
「そうだ、サンクスギビングのディナーにおばあちゃんをよぼう!」
と決めると
アメリカに住んでいるはずなのに
何故か昔のようにトットッと下へ行くと祖母の家があり
エプロン姿でシャンと立っている元気な頃の祖母と
話し始めます。そして
「こんなに近くに住んでいたのに
どうして今までサンクスギビングに呼ばなかったんだろう。」
なんて真剣に思っているから夢っておかしい。
それだけの夢ですが
あんなに鮮明な祖母の夢を見たのは初めてか
かなり久しぶり。
夢から覚めても、さっきまで祖母と居たような
フワーッと懐かしい空気に包まれました。
アメリカにすでに14年住んでいるから
祖母と会うことさえめっきり減ったのに
子供の頃祖母の家に行くときどんな気持ちだったか
祖母がいつも近くにいる暮らしがどんなだったか
ずいぶん長い間忘れていた感覚を
夢が一瞬にして思い出させてくれました。
周りに大事にされて育ったんだという
なんとも言えない幸せな気持ち。
夢の後もなるべくその余韻に浸っていたい気分でした。
夢の中ですっかり幼少の頃の自分に返っていたようなのです。
それからしばらくして
電話で母と話しているときに
祖母が11月20日に介護付き住宅へ引っ越したと聞きました。
これまで祖母が住んでいた家には
私が3歳の頃公園で撮った写真が壁に飾られていたそうですが
それも引越しに伴い下ろしたそうです。
(当の私は、そんな写真が飾られていたなんて覚えていないのですが。。)
あの夢を何日にみたかは記していませんが
11月20日といえば、サンクスギビングのちょっと前。
私が祖母の夢を見た日と近いのは確かです。
もしかして同じ日だったかもしれないと思うと
夢ってやっぱり不思議。
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2010年01月04日
私とブログの関係
新年明けましておめでとうございます。
ブログを始めて今年でもうすぐ3年。
過去に書いたことを読み返すことはほとんどありませんが
たまに思いがけなく読むことがあると
「へえ〜こんな風に思っていたんだぁー。」
とすっかり自分の書いたことを忘れている始末。
これだけ毎日めまぐるしいと
書き終えたものはその瞬間から過去のモノになってゆき
忘却のかなたへ。。
だからこそ書き残すことが大事な思い出なのかもしれません。
そういえばいつの頃からか
せっかく「ハッピー子育て」という
どちらかといえば明るいテーマなんだから
なるべくネガティブな言葉を並べないようにしよう、
と気をつけるようになりました。
言葉には言霊があるとか
波動があるとも言われているし
ネガティブな感情をそのままぶつけるのはよそう
と思いました。
(初めの頃はぶつけていたかもしれませんが。。)
そう思いながらも一体どれくらい実行できているかは
自分じゃあまりわからないのですが
ブログを読んでくださっている方から
「前向きだね。」とか「幸せそうね。」
という感想があるところを見ると
まあ、それなりに
私の思い通りに行っているのかもしれない
と思ったりします。
実際、リアルの生活の中では
365日いつでも100%
ハッピーで、前向きで居られるわけでは無く
むしろ気持ちの折れ線グラフは
上昇したと思ったらいきなり急降下したりと
あっちこっちに忙しい。
「あ〜もう少し気持ち的にラクに生きられたらナァ。。」
と思うこともしばしば。
ある意味、気持ちがブレやすいからこそ
ネガティブな言葉を排除し
前向きでいることの利点を
最大限に感じることができるのかもしれません。
物事のよい面にフォーカスすることで
私の現実が変わっていくのもわかります。
そしてそれをブログに書くことも
私にとって着実に進むための利点となっています。
全く自分勝手に書いているブログでありながら
私も助けられているというのが
私とブログの関係です。
こんなマイペースなブログではありますが
今年も続けられたらいいな、と思っていますので
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

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ブログを始めて今年でもうすぐ3年。
過去に書いたことを読み返すことはほとんどありませんが
たまに思いがけなく読むことがあると
「へえ〜こんな風に思っていたんだぁー。」
とすっかり自分の書いたことを忘れている始末。
これだけ毎日めまぐるしいと
書き終えたものはその瞬間から過去のモノになってゆき
忘却のかなたへ。。
だからこそ書き残すことが大事な思い出なのかもしれません。
そういえばいつの頃からか
せっかく「ハッピー子育て」という
どちらかといえば明るいテーマなんだから
なるべくネガティブな言葉を並べないようにしよう、
と気をつけるようになりました。
言葉には言霊があるとか
波動があるとも言われているし
ネガティブな感情をそのままぶつけるのはよそう
と思いました。
(初めの頃はぶつけていたかもしれませんが。。)
そう思いながらも一体どれくらい実行できているかは
自分じゃあまりわからないのですが
ブログを読んでくださっている方から
「前向きだね。」とか「幸せそうね。」
という感想があるところを見ると
まあ、それなりに
私の思い通りに行っているのかもしれない
と思ったりします。
実際、リアルの生活の中では
365日いつでも100%
ハッピーで、前向きで居られるわけでは無く
むしろ気持ちの折れ線グラフは
上昇したと思ったらいきなり急降下したりと
あっちこっちに忙しい。
「あ〜もう少し気持ち的にラクに生きられたらナァ。。」
と思うこともしばしば。
ある意味、気持ちがブレやすいからこそ
ネガティブな言葉を排除し
前向きでいることの利点を
最大限に感じることができるのかもしれません。
物事のよい面にフォーカスすることで
私の現実が変わっていくのもわかります。
そしてそれをブログに書くことも
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今年も続けられたらいいな、と思っていますので
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
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